
現代の遠野物語が魅せるふたつのストーリー
2010年12月10日(金) NHK総合(東北六県)19時55分~20時43分
12月21日(火) NHK総合(全国) 22時00分~22時48分
ドラマ続・遠野物語
「ずぶぬれ」
雨が降りしきる夏の日。
雑誌記者の柏木は、遠野で謎めいた少女に出会う。
少女の口から語られる、主が不在の家の話。
少女に導かれるように辿り着いたその家では、
死んだはずの夫を当然のように待っている妻、
菊池セツがいた・・・。
やがて死者とも生者ともつかない夫、健司が現れる。
健司の語る言葉は、柏木の抱える過去の痛みに優しく響いていく。
「マヨヒガ」
「遠野物語」に記された、山奥の不思議な屋敷「マヨヒガ」。
お膳にはご馳走、火鉢には鉄瓶。今にも人が帰ってきそうなこの豪邸には
無欲な者だけが辿り着き、そこから何かを持ち帰れば必ず幸せが訪れるという。
舞台は遠野郷を流れる美しい渓流。
欲に駆られた主人公は上流のマヨヒガを目指す。
目に映るものしか信じない、現代人の前に伝説のマヨヒガは現れるのか?
夢ともうつつともつかない10分間。
物語のテーマは「畏怖」と「寛容」さ。
かつて人々が、自らを取り巻く自然風土や生き物に対して抱いていた
「恐れ敬う心」
力の及ばないものを「畏怖」することで、人間は自らの過酷な運命さえも
受容する「寛容」さを持ち得たのではないか?
番組は遠野物語をモチーフに、現代を舞台にしたドラマと、かつて遠野の
情景をイメージした上質なアニメーション+ナレーションとで構成。
過去と現代の時空を超えて、私たちが失いかけた、日本人の魂を見つめたい。

遠野に訪れるたびに私は感じることがありました。
「恐れること」「敬うこと」「尊ぶこと」。
日本にはなぜこんなにも神社があり、祭事があり、時という時間があるのか。
四季を通じて「式」があり、「死期」がある。
この死期は命の儚さと大切さと重要さが存在する。
人の命、生きていく糧の命、植物の命、物体の命。
人は必死に願いを叶えたいとき神様の前に座し祈願する。
しかし、そこには畏怖は存在しているのか。
畏怖をもって、敬う心で座しているのか。
そこは「その人の心」しか知り得ない部分。
神様に座すのであれば常日頃の努力が重視され、
人の前で都合よく答えを出したり、対応したり、
文句を口にする癖があるのであれば願いは届かない。
そして、何より怖いのは「本人」が悪いことだと
気づかず口をあけている行為。
このような人は誰を怖がる前に本当の敵は己だと
知っている。嘘や膨らんだ話をしている自分が
まずいと本当は知っている。だから己が怖いし
己を信じるしかないのです。
いずれは一本道の孤立した道しか訪れないでしょう。
救いを求めても、答えは返ってこないはずです。
その場限りの答えしか、都合のいい答えしか耳に
入りませんから。気づくか気づかないかは、
私達は見ていることにしましょう。
全てに手を差し伸べることは必要ありません。
なぜなら「経験」しないと人の心を学べないから。
それでも立ち上がらない人はその人の道。
マイナスの塊にはマイナス人間しか集まりません。
心当たりのある人は十分気をつけましょうね。
話は戻りますが、遠野物語は決して良いことばかりを
伝えてはいません。過酷で驚愕な結果を残す話もあります。
それは何故か。遠野には再生する力を与える地だと云われています。
痛みを知った、傷をつけた、そのことにより学んだ地なのかも
しれません。見透かされる地ともいえます。
それを知るには今回の放映はとてもプラスになります。
まさに「信じるか、信じないかはあなた次第」
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コメント
コメントがありません。
早崎公、恵観公、皆さんこんばんは。寒さが厳しくなってきましたね。インフルエンザには気をつけてくださいませ。遠野物語、全国放送で拝見できるなんて!嬉しいです。遠野は不思議な場所ですが人生を見直す場所のような、懐かしさを感じますよね。
信長の野望殿、ブエナ降着吉宗殿(笑)、コメント有難うございます!遠野はまさに不思議な地。来年には是非またまた、遠野に集結して鬼ごっこをしたいと考えております!是非ご参加くださいませ♪
ついに!雪みたいね東北地方。山形米沢の雪も吹雪で酷かったけど遠野はどうなんだろうね。温泉があれば最高の場所なんだよね。遠野物語は意味が深いから、興味あるよ!まぁー信じるか信じないかは貴方次第です!(爆笑)
ウジャトらしい内容だね♪ホラーっぽい怪しい世界。語りべの話を聞いた事を思い出したけど、また行きたいなぁー